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大阪高等裁判所 平成元年(行コ)32号 判決 1990年8月29日

控訴人(被告) 泉南市長

被控訴人(原告) 株式会社泉南カンツリークラブ

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張

次に付加する外は、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

1  本件中止命令に関して、道路法(以下「法」という。)第七一条第三項但書に定める「道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため緊急やむを得ない場合」として難聞手続を行わないことが許されるか否かは、被控訴人の道路損壊行為を知った時を基準として判断するべきではなく、控訴人が被控訴人の道路損壊行為につき法に基づく中止命令を発することが必要であると判断した時を基準として判断すれば足りるものというべきである。

すなわち、一般に道路の損壊行為が行われた場合でも、損壊者は道路管理者からの中止要請に従って任意に損壊行為を中止するのが通例であるため、道路管理者である控訴人は、被控訴人が泉南市道兎田上之郷線(以下「本件市道」という。)のうち原判決添付図面の赤線部分に土砂等を推積させてこれを損壊する工事(以下「本件道路損壊工事」という。)をしているのを知り、昭和六二年六月二五日泉南市職員を派遣して、被控訴人に対し本件道路損壊工事の中止要請をしたのであって(なお、それ以前の同月八日には一般人からの通報により泉南市の都市計画課職員が被控訴人による本件道路損壊工事を知ったが、道路の管理を担当する泉南市の道路課職員がそのことを知ったのは同月二四日であった。)、これによって被控訴人が本件道路損壊工事を直ちに任意に中止するものと信じていたのであり、かつ、一般の例に照らして控訴人がそのように信じたのは無理からぬことであった。ところが、被控訴人は右中止要請を受けながら、意外にも本件道路損壊工事を続けたため、控訴人は、被控訴人に対して法所定の聴聞手続をしていては更に道路の破壊が進み交通が不能となる危険があると判断し(原判決は、控訴人が本件中止命令を発した時には、本件道路損壊工事はほぼ終了していたため、その時以降更に道路の破壊が急速に進むことは考え難い状態にあったとするが、控訴人が本件中止命令を発していなければ、被控訴人は更に本件道路損壊工事を続行し、道路としての痕跡を止どめないようにして証拠隠滅を図ることさえしたに違いないのである。)、本件中止命令を発することとしたものである。従って、控訴人が本件中止命令を必要と判断した時点では既に聴聞手続を行うことができない程緊急やむを得ない状況にあったのである。

2  法第七一条第三項本文の聴聞は、処分の前提となる事実の認定の公正さを担保するためのもので、聴聞それ自体に固有の意味があるのではなく、あくまで処分内容の妥当性、正当性を担保するために意味を持つものであるから、処分内容が客観的に明白である場合、すなわち、処分内容の正当性が明白であり、処分手続の当否を論ずることが無意味であるという場合には、単に聴聞手続が欠如していたことのみをもって処分を違法とすることはできないというべきであるところ、被控訴人による本件道路損壊工事は控訴人の所持している資料により客観的に明白であったのみならず、控訴人においても自己の行為が本件市道を損壊する行為に当たるものであることを熟知していた上、被控訴人の本件道路損壊工事に対する控訴人の処分は本件道路損壊工事の中止を求める外のないという裁量の余地のないものであったから、本件中止命令の正当性は明白であって、聴聞手続についての瑕疵による違法を問擬する余地はない。

(被控訴人の答弁)

控訴人の主張は争う。

本件中止命令が発せられるまでの経緯は原判決の認定するとおりであって、泉南市の道路課職員が昭和六二年六月二五日に被控訴人と面談して本件道路損壊工事(被控訴人は本件市道とは別の場所で芝張り工事をしていたもので、本件市道の損壊に当たる工事はしていなかったのであるが、その点は措く。)の中止を求めたが、被控訴人は本件市道の所在場所を争い、工事の中止には応じない旨言明していたのに、控訴人は同年七月一五日になって突然本件中止命令を発したものであるから、客観的にみて本件中止命令までに聴聞手続を行いうる時間的な余裕は十分にあったのである。なお、もし控訴人が主張するように、中止命令が必要であると控訴人が判断した時点を基準にして聴聞手続の要否に関する緊急性の有無を判断するものとすれば、専ら道路管理者の主観的な事情によって緊急性の有無、従って聴聞手続の要否が決せられることとなり、法が明文で要求している聴聞手続の規定は容易に形骸化されてしまうことになるから、そのような解釈は不当である。また、本件中止命令が発せられた時点では被控訴人による工事はほぼ完了していたのであり、その後被控訴人において更に工事を施工し、あるいは地形に変更を加えたりはしていないから、本件中止命令の時点でも聴聞手続を行う余地がない程の緊急性はなかった。

そして、本件中止命令のように国民の権利・自由を規制する行政処分をするに当たって告知と聴聞を受ける権利は、基本的な人権の尊重を定めた憲法第一三条、適正手続の保障を定めた同法第三一条に由来する極めて重要な国民の権利であるから、法に明定された聴聞手続を欠く本件中止命令はそれだけで違法かつ無効である。

三  証拠関係<省略>

理由

一  当裁判所も、本件中止命令は、法第七一条第三項但書所定の「道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため緊急やむを得ない場合」に当たる事情がないのに、同項本文によりその相手方である被控訴人に対してあらかじめ行うべきものとされている聴聞手続を経ることなくしてなされた重大な瑕疵があるため、違法な行政処分として取消を免れないものと考える。その理由は、次に訂正・付加する外は、原判決の理由説示(原判決一〇枚目表初行から同一七枚目表三行目まで)と同一であるからこれを引用する。

(原判決の訂正)

原判決一四枚目裏四行目の「そうであれば」から同九行目(同上、同頁一六行目)の「時点では」までを「そうすると、本件中止命令発令の時点において」と改める。

(当審の付加部分)

控訴人は、法第七一条第三項但書の「緊急やむを得ない場合」に当たるか否かは、控訴人が被控訴人による本件道路損壊工事について法に基づく中止命令を発することが必要であると判断した時の状況を基準として判断すべきであるところ、控訴人は被控訴人が控訴人からの本件道路損壊工事の中止要請に応じて任意に本件道路損壊工事を中止してくれるものと信じていたのに、被控訴人が意外にも本件道路損壊工事を続行したため、聴聞手続をしていては道路の破壊が進み交通が不能となる危険があったから、聴聞手続を行うことなく本件中止命令を発することのできる「緊急やむを得ない場合」であったと主張する。

しかしながら、引用にかかる原判決の認定のとおり、泉南市において市道の管理に当たっていた同市土木建築課職員が昭和六二年六月二五日に被控訴人代表者と面会して本件道路損壊工事の中止を求めたところ、被控訴人代表者はこれに応じない旨を言明していたのであるから、既に右同日の時点において、被控訴人が控訴人からの右中止要請に応じて本件道路損壊工事を任意に中止することを期待できる状況になかったことは明らかであるとともに、原判決の認定する右同日までの経緯を考えると、本件中止命令の必要性も明白であったといわざるを得ない。そして、控訴人が本件中止命令を発したのが、その発令の必要が明白となった右同日から起算しても二週間以上を経過した同年七月一五日であったのであるから、その間に被控訴人に対する法所定の聴聞手続を行うに十分な時間的な余裕がなかったものとは到底いえないから、控訴人の右主張は採用できない。

二  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川臣朗 緒賀恒雄 長門栄吉)

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